「奪命金」

新宿駅東南口すぐ近くのビルの地下にある映画館シネマカリテで「奪命金」を観た。昨年末に新しくスタートしたスクリーン二つの小さな劇場だ。
都合のよいことに道路をへだててスターバックスがあり、座席を予約したあとスタバで二時間ほど本を読み、夕刻から鑑賞した。新設の映画館でのはじめての映画は個性的できらりと光っていた。同様にこの劇場が個性的できらりと光る場所であってほしいと願っている。

奪命金」。原題はLIFE WITHOUT PRINCIPLE。何でもありの成り行きまかせといったところか。そこで思い出したのがビリー・ホリディのヴォーカルで有名なEASY LIVINGという曲だ。歌詞は「あなたのために生きること、それがわたしの気楽な暮らし。恋をすると生きているのが楽になる。あなただけにどっぷり浸ってる」というもので、異性に首ったけの歌である。それに対し「何でもありの成り行きまかせ」のターゲットはカネだ。人間万事色と欲とはいうが、「気楽な暮らし」と「何でもありの成り行きまかせ」といったところにその違いがあるらしい。
「エグザイル/絆」や「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」の香港ノワールの名手ジョニー・トー監督は今回は色を断ちもっぱら金欲に照準を定めて、そこにシニカルな視線を向けている。
ギリシャ債務危機に揺らぐ金融市場を背景としていて株式市場の開いている時間帯のシーンが多い。オテントさまが見ている時間なのだがそんなこと気にしてちゃカネにならない。もうけのためには身も蓋もない人々の生態は、クールでかっこいいとかムーディな夜の冷たい雨といった本格ノワールのイメージからするとずいぶんと変格の趣に充ちている。
うごめく群像は投資信託の販売が伸びずに悩む女性銀行員、その銀行が融資を渋る連中を相手に商売をする個人営業の金融業者、貯蓄を投資に振り向ける年金生活のおばさん、危険な橋を渡るトレーダー、兄貴分の保釈金の工面に奔走するヤクザ、妻からマンションの購入を迫られている香港警察の刑事・・・・・・。

金融取引の混沌のなか、これらの人々の意識と行動がパラレルに、あるいは交錯して描かれる。時間の揺り動かしにヒネリがくわえられているところは期せずして「桐島、部活やめるってよ」ふうだ。ノンバンクのオーナーのカネの争奪はなかなかの緊張感だが「ハリーの災難」の死体の行方を思わせるユーモアが漂う。
芸達者な役者が揃うなか、とりわけ冴えないが義理固くて愛嬌のある下っ端やくざを演じたラウ・チンワンが絶妙なオフビートさを発揮している。おもしろいというより変なのだ。古い話でまことに申し訳ないが極論すれば「アノネのおっさん」高勢実乗に通じている変さ。
皮肉が効いていてニヤリとさせられるラストもよい。
(二月十五日シネマカリテ)