井上唖唖墓所


昨年末の某日午後、文京区白山にある蓮久寺を訪ね、唖唖井上精一の墓参をしてきた。井上家累代の墓に墓誌が添えられていて、写真では向かって右から二番目に「本信院誠諦日精居士大正十二年七月十一日俗名精一行年四十四歳」と刻されている。
永井荷風と井上唖唖とは若き日吉原遊廓を描いた『夜の女界』という共著もあり、交友は唖唖の生涯にわたったが、フランスから帰朝した荷風の活躍とは反対に彼のほうは零落の度を増し、若くして深川の陋巷に窮死した。酒による緩慢な自殺のようにも映る。
断腸亭日乗』で荷風は折にふれ亡友唖唖を回想していて昭和十二年二月十八日にはここに墓参した記事も見えている。
「春風嫋嫋たり。近巷の園梅雪の如し。午後写真機を提げ小石川白山に赴き、肴町蓮久寺に亡友唖唖子の墓を帚ひ、団子坂上に出で鴎外先生の旧邸を撮影す」。