「恋のロンドン狂想曲」

ミッドナイト・イン・パリ」につづくウディ・アレン監督作品は「恋のロンドン狂想曲」。ただし製作年次はパリが先行していて、あとにはローマ (「To Rome with Love」)が控えている。
アルフィ(アンソニー・ホプキンス)とヘレナ(ジェマ・ジョーン)の老夫婦。老いと死の煩悩にとり憑かれたアルフィが若返りの特訓に励み、バイアグラ付きでコールガールを恋人にすれば、妻のヘレナはインチキ占い師の甘言に従い「精神世界」をともにするオカルト本専門の書店主と恋仲になる。
アルフィとヘレナには一人娘がいて、こちらの夫婦にも危機到来だ。夫のロイ(ジョシュ・ブローリン)はデビュー作は当たったもののあとがつづかない一発屋の作家でストレスは溜まるばかり。そこへもってきて義母ヘレナの占いと「精神世界」の話にうんざりさせられている。そんななか彼は自宅の窓越に赤い服の似合うミステリアスな美女を見かけて心奪われる。いっぽう家計の助けにとギャラリーに勤めはじめた妻のサリー(ナオミ・ワッツ)もここの経営者に心惹かれて不倫に奔ろうとする。
こうして二組の夫婦が細胞分裂を起こして、ロンドンの空の下、四つの恋愛劇が繰り広げられる。

恋愛感情とセックスを台風とすれば結婚という制度は防波堤であり、ひとたび自然が猛威を振るえばひとたまりもない。ウディ・アレンの四組の男女の恋愛模様へ向けるこの視線が皮肉と諧謔のドラマを生む素である。けれどこの眼が自身に向けられるとそれは自己解剖の視線となって痛みと苦さは避けられない。そこのところの事情はおなじくさいきん公開された「映画と恋とウディ・アレン」を御覧あれ。ロンドンのあとパリにファンタジーを求めたのにもそうした事情が作用していたのかも知れない。
自然の猛威といってもこれを洗練されたタッチで描くのがウディ・アレンの持ち味で、「恋のロンドン狂想曲」においても火宅と感情のあらわは巧みに処理され大人のラブ・コメディへと昇華する。
これにくわえてアレン好みのスウィング・ジャズが微妙な効果をもたらす。はじめと終わりに誰かが歌う「When You Wish upon a Star」のヴォーカルが、なかで何度かベニー・グッドマンのスモールコンボによる「If I had you」が流れる。メッセージは、君さえいればと星に願いつつ人は新たな出会いを思うといったところか。
原題は「You Will Meet a Tall Dark Stranger」。「台風」の渦中にいる人に恋は盲目であり、Strangerの背丈や性格は他人の評価に過ぎない。
(十二月三日、TOHOシネマズシャンテ)