東映任侠映画の日々

桜町弘子さんのトークショーが予定されているので朝からイソイソと加藤泰特集の新文芸坐へ。まずは初見の「骨までしゃぶる」。桜町さんは、配役のトップに一行で名前が出た唯一の映画とおっしゃって感慨深げだった。
一九六六年(昭和四十一年)の公開だが御自身は未見のままで、先日のラピュタ阿佐ヶ谷での桜町弘子特集ではじめて観たとの由。ちなみに相手役の夏八木勲さんは本作がデビュー作。

明治三十三年当時の洲崎を舞台とする娼婦もので遊郭入口の橋に「洲崎新地」と書かれたアーチが架けられていた。川島雄三監督の「洲崎パラダイス」のアーチと比較するとだいぶん小さいが、戦後のアーチの前身はこの「洲崎新地」だったのだろうか。
もう一本は「明治侠客伝 三台目襲名」。観るたびに胸にジーンと来る映画だ。プロデューサーの俊藤浩滋(藤(寺島)純子の父君)によれば、加藤監督と主演の鶴田浩二との意思疎通がうまくいかず、演出をめぐって喧嘩寸前の状態になるなど数多くの問題を抱えた撮影だったという。きょうの桜町さんの話では、撮影時に加藤泰監督が「もうやめた。撮らないっ!」とまで口にしたこともあったとか。その日は俊藤プロデューサーがあいだに立ち、撮影は中止。翌日から再開して名作誕生に至ったという。

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新文芸坐東映映画のふたりの阿修羅 山下耕作工藤栄一」のうち山下耕作シリーズの最終日。過日の加藤泰特集と併せて懐かしい東映任侠映画をたくさん観ることができてとてもうれしい。
山下監督作品は一週間、全十四本上映され、そのうち十本を観た。掉尾を飾ったのは「緋牡丹博徒」「同 鉄火場列伝」で、映画館を出るとしぜんと「娘ざかりを〜」が口をついて出た。
帰宅して晩酌をしているうちに、よい機会だ、この際に東映任侠映画マイ・フェイバリット5を選んでみようという気になった。酒のうえでの余興ゆえ失念しているものもあるだろうが、ともかくリスト作りを試みた。当然スラスラとはまいらない。それに小生、この種のことにはけっこう律儀に取り組むタチだ。
ようやく選んだ東映任侠映画マイ・フェイバリット5。まずは山下耕作特集から「博奕打ち 総長賭博」。任侠映画で最も回数重ねて観ているマキノ雅広監督の「昭和残侠伝 死んで貰います」。「緋牡丹博徒」シリーズは悩ましいがエイヤッで加藤泰監督「お竜参上」。同監督でもう一つ「明治侠客伝 三代目襲名」。それと記念碑的作品として内田吐夢監督「人生劇場 飛車角と吉良常」。
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山下耕作特集上映でおそらく十年ぶりくらいで観た「博奕打ち 総長賭博」。そのラストで「おじき分の俺にドスを向けるのか。てめえの任侠道はそんなものだったのか」と言う金子信雄鶴田浩二が「俺には任侠道なんてものはねえ。俺はただのケチな人殺しだ」と応じる、と記憶していたが、じつはそのあと鶴田は「そう思ってもらおう」と口にしていたのだった。

渡世の仁義も義理もわきまえない金子信雄には「ただの人殺し」と思ってもらってけっこうだと鶴田は言っているわけで、換言すれば、金子のような人物以外に対しては任侠道の世界をともにしようとの意味となる。鶴田は、そして脚本の笠原和夫はかろうじて任侠映画の世界にふみとどまったのである。
笠原和夫はこのあと「仁義なき戦い」の執筆に入るから「博奕打ち 総長賭博」は任侠映画のラストを飾る大花火だった。
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浅草の松屋デパートで開催中の古書展へ行こうと家を出ると小雨が降っていた。浅草まで雨のなかをあるくのはちょいと辛いからおなじ徒歩なら距離の近いほうにしようと神保町の古書会館へと目的地を変えた。長谷川伸『ある市井の徒』、富士正晴大河内伝次郎』、色川武大『生家へ』、佐藤忠男長谷川伸論』の中公文庫四冊と講談社文庫の森銑三『明治人物夜話』をそれぞれ二百円で購入。

このうち富士正晴大河内伝次郎』と長谷川伸『ある市井の徒』は単行本で持っているが文庫本好きとしては嬉しい買い物だ。問題は両書とも未読のまま。いざ読むとなるとハードカヴァーそれとも文庫本、どちらにしようかなんて嬉しい悩みじゃありませんか。
単行本で持つ本を文庫で買ったのは二重買いの確信犯だけれど、森銑三『明治人物夜話』は、家にあるのは『近世人物夜話』のはずだからこれで近世と明治の人物夜話が揃うとホクホクして帰宅して棚をみれば、置かれてあるのは『明治人物夜話』のほうだった。
人はこんなふうにして老いてゆくんだろうねえ。
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消費税率引き上げ法案が衆議院で可決された。
関東大震災で被災した『半七捕物帳』の岡本綺堂は、震災に懲りたのと経済上の都合とで無用の品物は一切買わないと決めたが、それでも何やかやと買わなければならないものが次から次へと出てくる、一口に我楽多というが、我楽多道具をよほどたくさん備えなければならないのが生活なのかと嘆いている。焼け出されたあとに買い揃えなければならない生活用品。「すべての罹災者は皆どこかでこの失費と面倒とを繰返しているのであろう。どう考えても、恐るべき禍であった」。
震災からの復興途上における消費増税の採決をめぐる報道に綺堂のことばをかみしめながら日本の政治を見ている。
消費税率引き上げがマクロ経済にどのような影響を及ぼすかについて学者の見解は分かれているようだ。経済成長戦略の具体策が見えないまま国の財政を採りあげ、消費税だけでどれほど状況を好転させられるかを判断するなんて当たるも八卦に近いものではないか。
ともあれはっきりしているのは超ミクロ経済すなわち増収の可能性なきわが年金老人家庭への打撃である。とくに贅沢しているつもりはないものの対応策は考えておかなければならない。
家計全体はさておき、まずは小遣いの部分を検討してみた。
煙草は吸わぬが酒は呑む。少量で雰囲気の酒だから家ではときにスコッチやアイリッシュウィスキーのシングルモルトくらいは口にしたい。これを削るのは難しいかな。
映画料金の動向によっては、映画館へ行く回数を減らして自宅で観る比重を高めなければならないかも知れない。
いまのところわが出費でいちばん多くを占めるのはCD、DVDを含む書籍費で消費抑制のポイントとなるのは値の張る新刊書籍をどうするかだ。シャレにもならぬが本を買うのも年貢の納め時となるのかな。さいわい再読、三読したい本は多く、くわえて長年の不勉強で愛するツンドク本は山ほどある。