ジャッキー・グリースン

ジャッキー・グリースン氏をご存じですか。映画ファンならすぐに思い浮かぶのがミネソタ・ファッツ、そう、ポール・ニューマンの「ハスラー」の仇役だった人ですね。なかなかの性格俳優ぶりだった。

ところがこの人にはもうひとつバンドリーダーとしての顔があって、こちらのほうでも有名、というかバンドのほうが本業だったのでは。もっとも本人は楽譜が読めるわけではなく、編曲、録音等はすべてスタッフ任せだったとの話もあり、そうなると、ミュージシャンやバンドリーダーというよりバンドオーナーと呼ぶのがふさわしいのですが。
それはともかくどんな音楽をやっていたかと申しますとストリング・オーケストラで主にジャズのスタンダードナンバーを演奏する。ミネソタ・ファッツからは思い及ばないムーディな音楽といってよいでしょう。フィーチュアされるのがコルネットのボビー・ハケットであったりテナー・サックスのチャーリー・ベンチュラであったりで、五十年代から六十年代なかばにかけてアメリカのスィート・ミュージックが全盛にあった時期の代表的オーケストラだった。イージーリスニングふうなジャズを奏でた有名どころとしてはほかにジョージ・シアリング、レイ・アンソニー、ゴードン・ジェンキンス、スタン・ケントンなどのバンドがあった。
そういえばジャズ評論家の寺島靖国さんがジャズの垢落としにはこの種の音楽がいちばんで、ジャズファンの回春剤であると述べておられました。諸兄に回春剤など不要なのは承知していますけれど、一聴、甘くてゴージャスでくつろぎのある心地よい世界へと案内してくれますのでお試しあれ。もちろん貴女にもおすすめ。

アルバムの題名をいくつか挙げておきましょう。「やさしい肌触り」「夜のそよ風」「シャンパン、キャンドルライトそして口づけ」「ミスティへの誘い」「ミュージック、マティーニ、想い出」。ここではサンバの名曲「ブラジル」が激しいリズムが骨抜きになって、とろけてしまいそうな音楽に変身する。
このとろける甘さに終止符を打ったのがケネディ暗殺とベトナム戦争で、内政、外交問わずアメリカの矛盾が噴出して、それまでの音楽も映画もミュージカルも時代相と合わなくなって変貌を遂げた。ロックが幅を利かせるようになると、マティーニなんかのカクテルよりもドラッグで酔うほうが手っ取り早い。白い肩のあらわなストラップ付きドレスで踊る美女がミュージカルから姿を消し、テーマも人種問題、社会問題を織り込むようになっていつしかジャッキー・グリースンの音楽は「古き良き」という冠をかぶせられるようになった。聴いていると弦楽器がノスタルジーに啜り泣いているようで切なくなったりもする。