瞬間日記抄(其ノ四)

バーレスク」のクリスティーナ・アギレラのステージは魅力的だ。「月の輝く夜」のシェールの歌の場面がすくないのもよしとしよう。ただし、ノー天気なサクセス・ストーリーに、アギレラと店のバーテンダーで婚約者のいる男との恋愛や劇場の買収問題をぐたぐたと挿入したのはまずかった。
横着で天狗になっているスターがいて、劇場は困惑する。そこへ、田舎からロサンゼルスの舞台にあこがれてやって来た娘がこれを救うというプロットはミュージカル映画の古典「四十二番街」を想起させる。「バーレスク」はモダンな「フォーティ・セカンド・ストリート」といった線を狙ってほしかった。ウディ・アレンの新作「人生万歳!」を観る。偏屈老人と若い娘の奇妙な恋愛模様からはじまって、その娘を追ってやって来た母親。彼女とベッドをともにする二人の男。つぎには父親がゲイにはまって・・・・・・。愛をもてあそぶことはしない、だけど性とは戯れ、何でもありの人々の艶笑喜劇というか艶笑お伽噺。





ウディ・アレン流のニューヨークの魅惑を背景に3Pやゲイといったきわどい話柄を洗練されたタッチで描いた「人生万歳!」は「世界中がアイ・ラヴ・ユー」のセックス・ライフ篇といったところか。この洒落っ気のいくぶんかが「バーレスク」のスタッフにあったらよかったのになあ。
「人生万歳!」はウディ・アレン監督の四十作目にあたる。観たのはもちろん恵比寿ガーデンシネマ。この映画館が近々休館するという。ウディ・アレンの作品をたくさん上映してくれてありがとうと言うべきだろうが、角川資本の劇場としてもっと策も出してねばってみてほしかったという気もしている。







東京物語」を観ようと神保町シアターに出かける。14:15はじまりなので念のため12:00にチケット売り場に行ったところ94番。ここはたしか99席だった。番号順の入場で予想通り最前列での鑑賞。ローアングルの映画をローアングルで観て首が凝る。老爺の東京映画生活もけっこうホネなのだ。
色川武大『なつかしい芸人たち』に小笠原章二郎という俳優が採り上げられている。役者としての習練はなく、馬鹿殿様専門でせりふはもっぱら「よきにはからえ」。一時期アノネノオッサンの高勢実乗とコンビを組んだこともあるという。戦時体制になってこれほど時流にそぐわない役者も珍しかったらしい。
『なつかしい芸人たち』によれば、戦後、小笠原章二郎は禿頭の爺となって、通行人や葬式の会葬者とかで出演し、進歩的な独立プロ作品「蟹工船」や「真昼の暗黒」ではユニークな存在を評価する向きもあったとか。その小笠原章二郎が「東京物語」での東京駅待合室の客の中にいるというが今回も確認を怠る。



ことしのおわりの映画をシネマヴェーラ渋谷でやっている「雨月物語」と「西鶴一代女」に決める。「西鶴一代女」はへたなときに観るとぶちのめされてしまうほど凄みのある作品だから体力、気力の充実したときでないとだめだ。とすればいまのわたしは体力、気力が充実していることになるのだろうか。
西鶴一代女」をヴェネチア国際映画祭に出品した際、上映時間に制限があり、いくつかのエピソードをカットした記憶があると、脚本家の依田義賢が述べている。その後のプリントはカットしたネガから焼かれており、カットされた部分の所在はわかっていない。白井佳夫『黒白映像日本映画礼讃』より。