2022-01-01から1年間の記事一覧

「仁義なき戦い」雑記帖(其ノ四)~ほんのはなし

わたしがこれまでに読んだ映画の本のワン・オブ・ベストに『われわれはなぜ映画館にいるのか』がある。一九七五年に晶文社から刊行され、のち再編改題され『映画を夢見て』(筑摩書房)、さらに改編されて『新編われわれはなぜ映画館にいるのか』が二0一三…

与える信者、受ける教団

七月八日、安倍晋三元首相を暗殺した男の母親は、入信した宗教団体に一億円の寄付をしていたと報じられている。そのため家庭は大混乱に陥り、親戚が交渉して半分は取り返したと聞くけれど、どちらにしても常軌を逸している点で変わりはない。 宗教団体と寄付…

「仁義なき戦い」雑記帖(其ノ三)~日下部五朗『シネマの極道』をめぐって

二0一三年「仁義なき戦い」四十周年に合わせるように日下部五朗『シネマの極道 映画プロデューサー一代』(新潮社)が刊行された。全五部作の企画製作は第一部のみ俊藤浩滋(藤純子、現、富司純子の父君)、日下部五朗の連名で、あとは日下部五朗プロデュー…

「モガディシュ 脱出までの14日間」

実話をもとにした作品です。朝鮮半島でどれほど広く知られている話なのかはわかりませんが、こんな出来事があったなんて、わたしには驚きの現代史秘話でした。 一九九0年ソウルオリンピックを成功させた韓国は余勢を駆って国連参加を目途にアフリカ諸国との…

あじさい、ひまわり、ライラック

六時に起床しラジオのニュース、天気予報を聞き、洗顔、歯磨き、そうしてストレッチ、筋トレ、ジョギング、シャワーのあと食事をしながらNHKBS1の国際ニュースを見るのが朝の日課だが、ロシアによる侵攻で、ウクライナの惨状が気の毒なうえにプーチンやラブ…

「ベイビー・ブローカー」

「ベイビー・ブローカー」を観たあと、スタバでコーヒーを飲みながらソウルやプサンの街角を思ったり、「万引き家族」と本作を併せて是枝裕和監督の家族についての問題意識を考えたりしていました。 ひと段落したところで映画のあとのお酒とおつまみを想い、…

「仁義なき戦い」雑記帖(其ノ二)~NHKへの疑問

映画の公開四十年を期して二0一三年に発売された「仁義なき戦い Blu-ray Box」が手許にある。これには本篇全五部作にくわえ特典として「総集編」と「“仁義なき戦い”を作った男たち」が収められている。後者は深作欣二、笠原和夫両氏の没後二00三年五月三…

「三姉妹」

第一感、脚本が光っていました。特筆すべきは姉妹三人のキャラクター造形で、次女役のムン・ソリが脚本に感銘を受け、共同プロデュースを買って出たというのも納得です。三人の人物像を具体化したキム・ソニョン(長女)、ムン・ソリ、チャン・ユンジュ(三…

「仁義なき戦い」雑記帖(其ノ一)~広島埠頭での思い出

「仁義なき戦い」の公開は一九七三年(昭和四十八年)一月十三日だからはやいもので半世紀近くが過ぎた。 大学卒業を前にしたころ、ある友人が興奮気味に「詰めた小指の先がどこかへ飛んで、見るとニワトリが嘴で突っついて大笑い」と話すのを聞き、さっそく…

昔も今も

ジョン・スタインベック『怒りの葡萄』は一九三0年代末に発生した干ばつと砂嵐をきっかけに農業の機械化を進める資本家たちと、土地を追われカリフォルニアに移っていった貧困農民層との対立を素材とした小説で、三0年代アメリカ文学の屈指の作品が刊行さ…

「牛泥棒」

五月二十日にNHKBSPで「牛泥棒」の放送があり、十年ほど前にレンタルショップで借りて以来の再会ができました。 太平洋戦争のさなか一九四三年の作品でわが国では劇場公開されていません。わたしがこの作品を知ったのは若き日のクリント・イーストウッドが感…

水色の季節に

暇も退屈も好きだから國分功一郎『暇と退屈の倫理学』はまえから気になっていて、さきごろ新潮文庫に入ったのでさっそく手にした。評判通りおもしろく、哲学者、思想家がこんなに暇と退屈を論じていたのかと驚いた。 佐藤春夫に名著『退屈読本』がある。著者…

「今屁虎」

永井荷風は『断腸亭日乗』昭和十六年三月二十四日の記事で、ヒトラーに「猅虎」の漢字をあてた。中国語ではふつう「希特勒」(xitela)とするが、わたしは荷風の感情を込めた表記が好き。 そこでプーチンである。中国語では「普京」(pujing)だが、これでは…

『S S将校のアームチェア』〜「普通のナチ」の実像

ダニエル・リー『S S将校のアームチェア』を読み、まだ一年の半分も経っていないのにもうことしの歴史・ノンフィクション系のわがベスト作品となるだろうと予感している。同書は二0二一年十一月にみすず書房から庭田よう子氏の訳で刊行されており、原書THE …

「流浪の月」

小児性愛者にして誘拐犯とされた十九歳の大学生、そして事件の被害者とされた小学五年生の女児。「〜とされた」というのはあくまで世間の視線、また法律の世界における扱いであって、この事件の当事者には人知れない事情がありました。 帰宅したくない家内更…

日本の牡丹はロシアでは咲かない

昨年英語の辞書を紙から電子に変えたところ、なかに語学学習用のテキストとして「OXFORD BOOKWORMS」という読物群が収められていた。難易度で六段階に分けられており、いまようやくレベル3まで来た。 内容はアンネ・フランク、ガンジー、ジョン・F・ケネデ…

今戸橋

浅草の山谷堀公園を散歩した。ここには山谷堀に架かっていた今戸橋の欄干が遺されてある。橋は昭和の記念碑、というのも竣工したのが一九二六年 (大正十五年) 、山谷堀が埋め立てられたために役割を終えたのが一九八七年(昭和六十二年)だったからまさし…

叙 勲

令和四年春の叙勲が四月二十九日に発令され、なかに旭日大綬章を受章した田中直紀、田中真紀子ご夫妻の名前が見えていた。政治家の受章は政治利用を防止する観点からだろう、以後選挙に立候補しないことを条件としているから受章は政界引退の記念でもある。 …

暗い見通し、ふたつ

一九三三年(昭和八年)三月三日に起きた釜石市東方沖を震源とするマグニチュード8.1の昭和三陸地震とそれに伴った津波を機に、寺田寅彦は「津波と人間」というエッセイを書いた。そのなかで関東大震災にも触れ「二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安…

「親愛なる同志たちへ」

一九六二年六月にソ連の地方都市、ウクライナにほど近いノボチェルカッスクで実際に起こった虐殺事件と、その渦中にいた母娘をめぐるドラマです。事件はソ連崩壊後の一九九二年まで三十年間にわたり隠蔽されていました。 いくら社会主義の優位が喧伝されても…

「オールド・ナイブス」

お気に入りのスパイ・ミステリーでどちらかというと地味系でシブい作品が映画化されるのはとてもうれしい。たとえば先ごろ公開された「オペレーション・ミンスミート ナチを欺いた死体」。原作は小説より奇なるノンフィクション、ベン・マッキンタイアー『ナ…

嘘と血

四月三日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の報道官、セルゲイ・ニキフォロフ氏がBBCのインタビューに応じ、ロシア軍から奪還した首都キーウ周辺の地域で、複数の市民が処刑され、集団埋葬地に埋められていたことが判明したと語った。 じっ…

「英雄の証明」〜ソーシャルメディアの光と闇と不条理

素晴らしくて繰り返し観たい映画のいっぽうに、優れてはいるけれど、もう一度観るのは躊躇する、っていうかなかなか立ち向かう勇気の湧かない名作があります。 前者はさておき、問題は後者で、わたしのばあい、たとえば「西鶴一代女」を再度観るまでにはずい…

辛夷と桜

本を読むのにいちばん参考にしたのは丸谷才一氏の書評、および同氏とその書評グループの、はじめは「週刊朝日」、のち「毎日新聞」に載った書評群、次が「週刊文春」連載の「本を狙え!」をはじめとする坪内祐三氏の書評だった。残念ながら二0一二年に丸谷…

『ほいきた、トシヨリ生活』〜隠居のしあわせ 

中野翠『ほいきた、トシヨリ生活』(文春文庫)を読んだ。著者の映画や本や落語などの好みの感覚がわたしにはうれしく、これまで多分に刺激を受けてきたコラムニスト、エッセイストである。 単行本は『いくつになっても、トシヨリ生活の愉しみ』として二0一…

「暴力行為」〜収容所からの脱走をめぐって

Amazon Prime Videoの魅惑のモノクロ旧作群に「暴力行為」が収められていて十数年ぶりに再会しました。ナチスの戦争犯罪を問い、また信念を貫く人物を多く描いたフレッド・ジンネマン監督(1907-1997)の初期の作品です。 あまり知られていないとおぼしい秀…

電子辞書

二00七年に書いた「電子辞書の時代に」というエッセイに、わたしは、大学院で英文学を専攻する知人から聞いた話として、電子辞書があるので特段の必要がない限り教室に紙の辞書を持参する院生はいないと書いていて、すでにこのころ大学では辞書は頁を繰っ…

ミモザとアカシア

ご近所を散歩していたところ花屋さんの掲示板に、三月八日はミモザの日、イタリアで男性から女性にミモザの花が贈られるようになったことに由来していますといった旨のことが書かれてあった。帰宅してネットをみると三月八日の国際女性デーの日にもとづいて…

辛夷

ご近所の根津神社の裏門坂に辛夷の木が何本か並んでいて、春の足音が近くなるいまの季節、白い花を咲かせる前の蕾を見せてくれている。名前の由来は、この蕾が子供の拳(こぶし)に似ているところから来ているとするいっぽう『滑稽雑談』(正徳三年)には「…

英語の勉強

拗ね者として聞こえた金龍通人という人がいて、自宅の戸口に「貧乏なり、乞食物貰ひ入る可からず」「文盲なり、詩人墨客来る可からず」の聨を懸けていたという。 薄田泣菫『茶話』の「玄関」というコラムにあった話だが、残念ながら通人がいつの時代のどうい…