2013-01-01から1年間の記事一覧

『不眠の森を駆け抜けて』

ロシア文学者から脚本家に転じて「また逢う日まで」や「夫婦善哉」「雪国」などの名作を執筆した八住利雄の家では、長男の八住利義が中学生のころから父のラジオドラマの代作をやっていたという。「ヤスミ、手で書く、足で書く」といわれた多作の父の多忙を…

「カレンダーガールズ」

録画しておいた「カレンダーガールズ」(2003年)を愉しく観た。「フラガール」を思わせる作品で、ヘレン・ミレンをはじめとするイギリスはヨークシャーのおばちゃん、おばあちゃんが、白血病の研究への寄付金づくりに自分たちをモデルにヌードのカレンダー…

読書がスランプ・・・

『都筑道夫の読ホリディ』は「ミステリマガジン」1989年1月から2002年9月まで連載された読書随筆で、毎月数冊批評されるミステリーをたどってゆくとおのずとこの世界の動向や底流の理解につながる。初期でいえばトマス・ハリス『羊たちの沈黙』やジョナサン…

国連本部ビル

「北北西に進路を取れ」で国連本部ビルのラウンジにタウンゼントという人物を訪ねたケーリー・グラントは殺人事件の犯人にまちがえられる。この八月にバスから国連本部ビルに降り立ったときすぐにこのシーンが思い浮かんだ。もっとも撮影は別の場所で行われ…

「凶悪」

エンドロールが終わったとき緊張と疲労と圧倒された気持で、瞬時であるが立ちあがる力を失っていた。 白石和彌監督の作品に接するのは本作がはじめてだが、なるほど師事した若松孝二のパワーを彷彿とさせる。 ヤクザの組長だった死刑囚の須藤順次(ピエール…

「タンゴ・リブレ 君を想う」

「タンゴ ガルデルの亡命」「タンゴ」「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」「タンゴ・レッスン」「伝説のマエストロたち」・・・・・・タンゴがフィーチャーされた映画はできるだけ見逃さないようにしてきた。ノスタルジックな名曲が多いうえに、ダンスシーンがス…

ローマで買った傘

一昨年ローマで小銭を処置しておきたくて帰国する前夜スーパーマーケットをのぞいて折りたたみの傘を買った。旅の思い出のよすがとするには雑貨、日用品がよい。 須賀敦子がイタリアで暮らしはじめた一九五0年代末頃は学生をふくめて生活がぎりぎりという階…

『須賀敦子全集』

須賀敦子『ミラノ 霧の風景』は1990年に刊行されていて、そのころから気になる人でありながら読むには至らず、しかし読むときはそのすべてを読みたい人だと予感していたから2006年に河出文庫版全集が出たときに買い揃えた。 それから七年間寝かせてこのほど…

「許されざる者」

クリント・イーストウッド監督・主演による西部劇映画『許されざる者』が舞台を明治時代初期の蝦夷地に移し、北海道の雄大で荒々しい自然を背景にした壮烈なドラマとしてリメイクされた。 幕末に賊軍として追われながら官軍兵士をメッタ切りにして人斬り十兵…

都電荒川線

都電荒川線三ノ輪橋駅。ここと早稲田のあいだを路面電車が走る。もとは王子電気軌道によって敷設された路線だったから、お年寄りのなかには呼び慣れた「王子電車」「王電」と口にする方もいらっしゃるとか。 スクリーンでは市川準監督の「東京兄妹」(1995年…

「バークリースクエアのナイチンゲール」

子供のころナイチンゲールという鳥類の名前を聞き、その前に近代看護教育の母フローレンス・ナイチンゲールさんを知っていたので、おなじ名前なんだなあと思ったようにおぼえているが、ひょっとするとその逆で、先に鳥の名前を知っていて、おなじ名前の人が…

浄閑寺

十一月に行われる荒川リバーサイドマラソンのエントリーに荒川区総合スポーツセンターに行って来た。上野に出て三ノ輪まで歩くと南千住のセンターはもう近い。 三ノ輪に来て浄閑寺を通りすぎるわけにはゆかない。この日も同寺にある永井荷風の筆塚に詣でた。…

「世界一美しい本を作る男」

映画を観る前の夕刻のひととき、映画館に近い青山通りに面したスターバックスで『須賀敦子全集』第一巻を手にした。さいしょに『ミラノ 霧の風景』がある。はじめの二三分で優れものと知れる多くの映画のように、この本も「乾燥した東京の冬には一年であるか…

伊勢屋質店

五千円札が新渡戸稲造から樋口一葉に替わったとき、その顕彰はよいが、ずいぶんお金に苦労した人だからすこし皮肉な思いがしたものだった。 しばらくぶりに本郷菊坂をあるいた。樋口一葉はこの界隈、菊坂町で明治二十三年から二十六年にかけて、十八歳から二…

猫の恩返し

うららかな春の日。あるお婆さんが手拭いをかむり、庭先の縁台で白魚を選り分けていた。するとうずくまっていたぶざまなほど大きい飼猫が「ばばさん、それをおれに食わしゃ」といった。 するとおばあさんは猫の言葉に振り向こうともせず子供でも叱るような口…

「私が愛した大統領」

原題の「HYDE PARK ON HUDSON」が示すように舞台はホワイトハウスではなくニューヨーク州ハイドパークのフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の私邸で、当地の風景が素晴らしく、眺めていてとてもよい気持になった。ここでは月夜の草原をドライブする車…

むねの清水あふれて・・・

認識不足という言葉は昭和初期の流行語だったという。ある噺家がこれを「君はどうも認識不足だね」「ナニ、それほどじゃァありません」と使ってずいぶんと高座で受けた。この話をのちの古今亭志ん生、当時の柳家甚語楼が聞き「君はどうも認識不足だね」「お…

『安部公房とわたし』

一九九三年に亡くなった安部公房が倒れたとき女優山口果林のところにいたことを当時スポーツ新聞は報じたが、一般紙や週刊誌は作家については書かないという暗黙の取り決めがあったために報道も検証もなくやがてタブー視されたと小谷野敦が山口果林『安部公…

そばがき

先日酒席でどうしたいきさつからか麺類の話題になりました。「ちかごろ、ひやむぎを食べてないなあ」「ひやむぎは小さなうどんのイメージだな」「いえ、あれはそうめんが大きくなったのよ」などと歓談するうちに、話はきつねとたぬきに及びました。 わたしは…

「ER緊急救命室」

シカゴの旅の余韻を味わいたい思いもあり、この都市にある病院の救急救命室(Emergency Room、略称:ER)で働く医師や看護師たちの日常をリアルに描いた「ER緊急救命室」(原題: ER)を観ている。アメリカで一九九四年から十五シーズンにわたり放映された名…

「異質」な日本人へのまなざし(関東大震災の文学誌 其ノ十五)

関東大震災にともなう二大事件として甘粕事件と亀戸事件がある。 前者は九月十六日、無政府主義者大杉栄、伊藤野枝夫妻と大杉の甥である橘宗一の三名が憲兵隊に連行、殺害された事件で憲兵大尉甘粕正彦が主犯とされた。憲兵や陸軍の責任は問われず、すべて甘…

「欲望のバージニア」

禁酒法時代のアメリカを描いた映画にはシカゴやニューヨークを舞台にしたギャングものが多い。これに対し、ジョン・ヒルコート監督「欲望のバージニア」はめずらしく地方の密造一家を採りあげている。 ボンデュラント家の三兄弟はバージニア州において密造酒…

ブルーノートの夜(市俄古と紐育 其ノ十)

ニューヨーク最後の日の午前中はセントラルパークを散策し、そのあとミッドタウンに戻ったたところでにわか雨に遭った。ちょうど近くにニューヨーク・ヤンキースのオフィシャルショップがあり、ここで球団のロゴが付いた折りたたみ傘とキィリングを買った。…

マンハッタン夜景(市俄古と紐育 其ノ九)

先日ローレンス・ブロックの『泥棒は図書室で推理する』を読んだ。「泥棒バーニイ・シリーズ」の一冊で、わたしがこのシリーズを手にするのは三冊目だから熱心なファンとはいえないけれど、なにしろレイモンド・チャンドラーが「殺人を本来あるべき卑しい街…

ミュージカル映画ベストテン (市俄古と紐育 其ノ八)

ミュージカル映画のベストテンを選んで年代順に並べるとさいしょに「四十二番街」(1933年)が、そして、いまのところしんがりには「シカゴ」(2002年)がくるなんて書いたものだから、そうなるとわがミュージカル映画ベストテンをそのままにしておくわけに…

ブロードウエイで (市俄古と紐育 其ノ七)

今回の旅で同行させていただいたA氏は現職の身だから、無職渡世のわたしは日程、旅行内容はすべて氏の都合のよいようにおまかせして、ついでに航空機のチケットの手配等も一任の丸投げだった。当然口は出さないはずだったのが、ブロードウエイで「シカゴ」が…

セントラルパーク(市俄古と紐育 其ノ六)

セントラルパークにはいまも観光馬車がのんびりと周遊していて眺めているだけでゆったりとした、くつろいだ気分になる。 このアメリカ最大の都市型自然公園ははじめての場所なのに、昔からよく知る公園のような気がして、それほどスクリーンではおなじみだっ…

42nd Street(市俄古と紐育 其ノ五)

今回のアメリカ旅行は友人のA氏とわたしが共通の友人で、ことし三月に仕事の関係でシカゴに移住したI氏夫妻を訪問したもので、シカゴ観光のつぎは四人でニューヨークに向かった。行程はオヘア空港からニューアーク空港に飛び、そこからバスでマンハッタンへ…

シカゴとジャーナリズム(市俄古と紐育 其ノ四)

ビリー・ワイルダーにはもうひとつシカゴを舞台とする「フロント・ページ」がある。 二十年代末、禁酒法下のシカゴ。シカゴ・エグザミナー紙のトップ記者ヒルディ・ジョンソン(ジャック・レモン)は退職して恋人とともにシカゴを去ろうとしている。そこへ警…

シカゴの路地裏(市俄古と紐育 其ノ三)

永井荷風は『日和下駄』で「裏町を行かう、横道を歩まう」と路地裏の抒情を讃えた。この東京散策記で荷風は裏町の風景に趣を添える上から欠かせないものとして小さな祠や雨ざらしのままの石地蔵を挙げた。東京の路地裏に趣を添えるのが淫祠ならば、シカゴの…